民主党が計画しているタクシーの規制強化への批判

 2012年5月12日の日本経済新聞を読んでいると、民主党がタクシー事業の規制強化を検討しているという。内容は、2002年2月に実施された道路運送法の以前の状態、つまり政府が需給調整を行い、運賃も「認可制」に戻すという内容である。
 私は、「タクシー事業は規制緩和にはなじまない」ということは、このブログでも述べ、規制緩和後にタクシーが起こす交通事故が増えたことも述べた。
 ただタクシー事業は、他の事業などと異なり、好景気の時には供給が減少し、不況時に供給が増えるという、市場原理とは相反する動きを行う。その理由は、好景気になるとタクシー運転手は、より給料の良い他の業種に転職するため、稼働率が下がって供給が減るのである。反対に不況時は、雇用の受け皿としてタクシー運転手へ転職するため、需要が減少しているにも関らず、タクシーの供給が増えるのである。この場合、実際に乗客を乗せて走行している実車キロや実車率が減少するため、タクシー乗り場などで客待ちしているタクシーが増える。
 不況時に何故、タクシーが雇用の受け皿になるのかと言えば、タクシー運転手の給料が歩合制をメインにしているためである。
 規制緩和後は、新規参入に対する規制が「許可制」に緩和されたため、新規参入が容易になった。そこで既存のタクシー事業者は、増車を行うことで売上を確保する道を選んだ。その結果、供給過剰となり、タクシー運転手の年収は大幅に下がり、朝5:00〜夜11:00まで1日に18時間も働いても、年収は220万円程度まで下落してしまった。そのためタクシー運転手は、会社の寮にでも入らなければ、満足に生活することができない状態になってしまった。
 規制緩和が行き過ぎているため、2009年10月には超党派の議員が3年間の時限立法である「タクシー事業適正化・活性化特別措置法」を成立させ、供給過剰が顕著な地域では、安易な増車ができにくくした。
 それが今回の民主党案では、2002年2月よりも前の状態に戻すという考えである。私はタクシー事業の規制緩和に関しては消極的な方であるが、規制緩和のメリットが皆無であったかと言えば、決してそうではない。福祉目的に特化したタクシー事業者が参入するなど、ヤル気と能力がある事業者の市場参入を促した点は評価して良いだろう。
 ただ社会全体が、規制緩和に賛成か否かに流れる傾向にあり、経営者の姿勢や独創性などを問う声が少ないことが気になる。タクシー事業者の経営者には、先祖代々の世襲が多く、運転手は年収220万円程度であるにも関わらず、4,000万円の運転手付きのリムジンで出勤する経営者もいる。他者との差別化は、運賃のみに依存しているため、値下げだけに走る傾向にある。そのため日本のタクシーは、非常に没個性である。ロンドンタクシーのようなタイプの車両を入れるとか、VIPを中心に高付加価値サービスを提供するタクシー事業者などは、殆どないのが実情である。阪神電鉄はタクシー事業も行っているのだから、車や内装を縦じまにして、運転手に阪神タイガースのユニフォームを着せ、阪神ファンに限定したサービスを行うぐらいのアイディアが欲しい。このようなタクシーであれば、少々高くても熱狂的な阪神ファンは利用するだろう。都市部では、タクシーの供給過剰が指摘されているが、街路が狭くて路線バスが運行出来ない地域が多数ある。現在は、バス事業とタクシー事業の境界線が以前ほど明確ではないため、ワゴン車を用いた乗り合いタクシーを運行するなどのアイディアが欲しい。片道200円の運賃としても、乗り合いであれば複数の乗客から200円を徴収できる上、往路だけでなく復路でも利用者が見込めるため、タクシー乗り場で客待ちをしている時間が無くなることから生産性が向上する。これは過疎地にも応用できる。過疎地では、路線バスが廃止になり、公共交通の空白地域が広がっている。そのような地域では、乗り合いタクシーを運行する方法が考えられる。過疎地の場合、独立採算は無理であるため、補助金を出さなければならないが、路線バス時代よりも少なくて済むため、自治体にもメリットがある。もちろん公共交通が無くなり、外出困難となった交通弱者の方々には朗報であると同時に、タクシー事業者にも新たな事業展開が出来る可能性がある。
 要するに需要はタクシー事業者で作り出す必要があり、自分達で企画を行い、自治体などのプッシュしなければならない。都市部の公共交通過疎地域や路線バスが撤退した人口過疎地などは、新たなビジネスモデルを確立する可能性の高い地域である。そのため私は、タクシー事業者の経営者の姿勢を問いたいのである。
 私は、規制を強化するとなれば、タクシー運転手の最低年収の底上げと、1日当たりの労働時間の制限を設けるべきだと考える。その際のタクシー運転手の年収は、固定給として最低でも年収300万円を義務付けると同時に、1日当たりの労働時間を8時間以内に制限する法律を作るべきだと考える。能力のある運転手(売上の多い運転手)に対しては、昇給やボーナスで報いてやれば良いだろう。また1日の労働時間を8時間以内に規制しなければ、タクシー運転手が起こす交通事故は減少しないだろう。さらにタクシー車両を会社と職場との間で、通勤用として使用することは禁止しなければならない。これを行うと、健康状態やアルコール残量の検査ができなくなるため、飲酒運転や居眠り運転などが増加するようになる。
 現在のタクシー運転手の労働環境は劣悪であるため、このような状態を放置しておくと、誰もタクシー運転手になる人が現れなくなる。そうなれば安定した供給ができなくなるだけでなく、若人から全く見向きもされない職種となる。実にタクシー運転手の平均年齢は55歳を超えており、今後はどのようにして運転手を確保するかが重要な課題となる。
 タクシーの供給過剰を抑制するには、タクシー運転手の最低年収300万円と1日8時間労働の義務化以外に、新規参入事業者の最低車両台数を5台にすると同時に、10年間の移行期間を経て、個人タクシーなどの形態を廃止するようにするべきだろう。
 政府が需給調整を行ったり、運賃を認可制に戻すことは、官僚依存体制への復帰であるため、厳に慎まなければならない。市場原理を導入しつつ、社会的規制を強化して、タクシー運転手の待遇改善と適正規模への移行を行うべきである。