新幹線整備と並行在来線

 新幹線の開業というのは、今でも華やかなニュースである。新幹線構想は戦前からあり、かつて新幹線は戦艦大和万里の長城と並んで3大バカと言われていた時代もあった。1964年に東海道新幹線が開業すると、その卓越した速達性は人々のライフスタイルを大きく変えると同時に、当初の予想に反して開業から3年目に単独で黒字になった。当時は“鉄道斜陽”と言われ、やがては自動車と航空機に取って代わられるだろうと思われていたが、新幹線を幹として在来線に乗り継ぐダイヤを構築することで、在来線の活性化にも繋がった。
 そして新幹線は、経済波及効果が高かったために1970年頃になると、日本各地を新幹線で結ぼうという計画が浮上するようになる。新幹線が開業すると沿線自治体が潤ったため、霞が関へ陳情が盛んに行われた。
 国鉄の経営悪化などで最高速度は、長らく210km/h止まりであったが、国鉄の分割民営化後は最高速度の向上が積極的に行われるようになり、「のぞみ」や「はやぶさ」などでは最高速度が300km/hに向上している。また国鉄時代は、東海道・山陽新幹線以外に東北・上越の4つしか新幹線がなかったが、国鉄の分割民営化後は北陸新幹線(高崎〜名長野)九州新幹線が新規に開業しただけでなく、東北新幹線新青森まで延伸されたため、青森〜鹿児島まで高速鉄道で結ばれた。さらに山形・秋田新幹線は、費用対効果の観点から在来線のゲージを拡幅して新幹線を直通させるようにしたため、ミニ新幹線と呼ばれている。
 フル規格であれ、ミニ新幹線であれ、地元としては長年の悲願が実現したことになるが、国鉄時代とは異なり、新幹線開業後は友党列車が廃止され、不採算が必死の在来線をJRから経営分離しても良くなった。そのため地元とすれば、新幹線は来たが、並行在来線という「お荷物」を背負わざるを得なくなった。ミニ新幹線として開業したとしても、在来線のゲージの不一致から在来線同志の直通運転が出来なくなるため、輸送が分断されることになった。
 そして1970〜80年代とは大きく異なり、2000年代になってから開業した新幹線は、地元自治体に対して従来のように「富」をもたらさなくなりつつある。これは新幹線が開業しても、企業誘致が従来のように起こるのではなく、反対にストロー効果と言って、富が大都会へ吸い上げられるようになったのである。
 新幹線開業により経営分離される並行在来線であるが、県や地方自治体などが出資した第三セクター鉄道となるが、運賃が大幅に値上げされるだけでなく、直通列車が廃止されて不便になるため、さらなる利用者の減少が心配される。
これに対してしなの鉄道は、JR時代と比較し駅を増設するなど、利便性を向上させ、地域密着の経営を行うようになった。青い森鉄道も、駅を高校の傍へ移転させ、利便性を向上させるなどを行っている。
 JRから経営分離されて誕生する第三セクター鉄道であるが、各県単位で営業するため、かつての東北本線の盛岡〜青森間は、盛岡〜目時間はIGRいわて銀河鉄道、目時〜青森間は青い森鉄道というように、県単位で分割された。
 幸い、肥薩おれんじ鉄道熊本県と鹿児島県に跨っているが、1つの鉄道会社で運営されているが、2014年に北陸新幹線が金沢へ延伸開業時には、新潟県出資・富山県出資・石川県出資の第三セクター鉄道というように、北陸本線の金沢〜直江津間が3つの鉄道に分割される計画である。
 並行在来線が県単位で分割されると、運賃も細切れになるため、ただでさえ高い運賃が、さらに細切れによる併算で大幅に割高となってしまう。
 このような弊害が問題視されるようになったため、長崎新幹線が開業した際に並行在来線となる肥前山口諫早間は、上下分離経営を採用してインフラは佐賀県長崎県などが所有するが、運行はJR九州が担う計画である。
 そのため私は、北陸新幹線開業時の直江津〜金沢間も、インフラは各県が所有する形で上下分離経営を行い、運行はJR西日本が担うことを望んでいる。
 私は、2012年3月に『新幹線VS航空機』を東京堂出版から上梓したが、本著でも並行在来線問題を採り上げており、新幹線開業という光の部分だけでなく、並行在来線のJRからの切り離しという影の部分にも力点を入れている。並行在来線として、しなの鉄道肥薩おれんじ鉄道の事例と現状を紹介しており、北陸新幹線開業時は北陸本線が3分割される計画があることや、反対に長崎新幹線が開業時は上下分離経営が採用され、運行はJR九州が担う計画があるなど、今後の問題を共に考えたいと思っている。
 そのため『新幹線VS航空機』は、並行在来線問題を研究している人にもお薦めの著書である。
 ミニ新幹線であっても、ネットワークが分断されたりするため、高速鉄道のあり方と並行して、ルーラル地域の鉄道のあり方も考えて欲しいものである。
 参考までに、7章では台湾・韓国の事例も紹介しているが、日本のような並行在来線問題は生じていません。台湾の在来線のゲージは、日本の在来線と同じであるため、比較して考える必要があると思います。

PS:『新幹線VS航空機』の構成は以下のようになっています。


『新幹線vs航空機』〜日本の新幹線は世界に羽ばたくか〜

運輸評論家
堀内重人


はじめに
1.東京〜大阪間に競争が始まる
(1)新幹線開業による日本への経済的効果
1)東海道新幹線が建設された背景
2)全国新幹線鉄道整備法の成立
3)新幹線の輸送力増強と万国博覧会の大量輸送
(2)黎明期の航空業界
1)プロペラ機による深夜便輸送
2)国内航空会社の統合の推進(「45・47体制」の確立)
(3)新幹線の高速化
1)東海道・山陽新幹線の取組み
2)「のぞみ」のデビュー
(4)1995年以降の航空運賃割引制度による変化(早割など)
1)航空側の対応
2)東海道・山陽新幹線の対応
3)東北・上越新幹線の対応


2.大阪〜福岡間の激しい競争
(1)山陽新幹線の開業
1)東京〜博多間最短6時間56分(当時。現在は5時間程度)
2)羽田〜板付(福岡)、大阪(伊丹)〜板付(福岡)便の変化
(2)JR西日本の対抗策
1)「ウエストひかり」の導入
2)「グランドひかり」の230km/h運転の実施
3)「グランドひかり」に個室車が設けられなかった理由
(3)500系「のぞみ」と新規航空会社の参入
1)500系「のぞみ」300km/h運転のための軽量化と騒音対策
2)スカイマークの参入
3)JR西日本の「ひかりレールスター


3.東北・上越新幹線の開業による変化
(1)東北・上越新幹線の概要
1)「雪に弱い」と言われた新幹線の汚名返上へ
2)羽田〜仙台、羽田〜新潟便の廃止
3)悲願の上野乗り入れ
4)東北・上越新幹線の高速化への取組み
(2)通勤型新幹線の導入
1)E1系
2)E4系
(3)新青森への全通
1)フル規格化された理由
2)E5系
3)グランクラスの登場
4)航空路への影響


4.ミニ新幹線の登場
(1)ミニ新幹線とは
1)ミニ新幹線が導入された背景
2)ミニ新幹線で建設費はどれだけ節約できるのか
(2)ミニ新幹線導入の弊害
1)在来線ネットワークの崩壊
2)鉄道貨物輸送の変化
3)速達性
(3)航空への影響
1)羽田〜山形線の廃止・縮小に伴う地方自治体の援助
2)羽田〜秋田の激しい競争


5.JR化後の新幹線
(1)北陸新幹線の長野開業
1)北陸(長野)新幹線はなぜフル規格?
2)松本空港の衰退
3)並行在来線の問題
4)しなの鉄道の生き残り作戦
(2)九州新幹線の変則的な開業方法
1)なぜ鹿児島中央新八代間を先に開業させたのか
2)N700系による山陽新幹線との直通実現。なぜ東京〜鹿児島中央直通はできないのか
3)肥薩おれんじ鉄道
4)九州新幹線全通と、大阪〜熊本、大阪〜鹿児島便の変化


6.航空事情の変化と運賃、利便性
(1)規制緩和後の格安航空会社の台頭
1)わが国の規制緩和のはじまり
2)航空法の改正
3)東京〜大阪線シャトル便の就航
(2)日本航空の経営破綻がもたらしたこと
1)日本航空日本エアシステム経営統合
2)日本航空の経営破綻
(3)格安航空会社の現状と新幹線対策
1)スカイマーク
2)Air DO
3)スターフライヤー
4)ソラシドエア(スカイネットアジア航空
5)格安航空会社の展望
(4)海外からの格安航空会社の地方空港への展開
1)ジェットスターアジア航空
2)エアアジアX
3)茨城空港


7.わが国の今後の高速交通のあり方
(1)整備新幹線と対航空路
1)北海道新幹線
2)北陸新幹線
3)長崎新幹線
4)リニア新幹線
(2)空港整備
1)空港整備特別会計
2)空港経営の民営化
(3)海外の「高速鉄道」対「航空路」の事例紹介
1)台湾新幹線
2)韓国の高速鉄道


おわりに