両備グループによる地域公共交通総合研究所の創設に関して

 2013年4月4日に、両備グループの社長である小嶋光信氏は、地域公共交通総合研究所の創設の趣意書を公開した。小嶋氏が、このような研究所を創設した背景として、地域公共交通の著しい衰退がある。その原因として、2000年の鉄道事業法の改正による規制緩和および貸切バス事業の規制緩和、2002年の道路運送法の改正による規制緩和が挙げられる。

 規制緩和の実施により、新規参入の規制が「免許制」から「許可制」に緩和され、鉄道事業やバス事業を安全かつ安定して供給する能力があり、かつ意欲のある事業者の参入が可能となった。だが鉄道事業への参入は、莫大なインフラを構築しなければならず、簡単に参入出来ない。バス事業であっても、土地勘がなければダイヤの設定が難しい上、新規に営業所などを構えなければならず、埼玉県三郷市で運送事業を営んでいた事業者が、「マイスカイ交通」という名称で参入したり、岡山市で産業廃棄物の輸送に従事していた八晃運輸が、岡山市内のコミュニティーバス「めぐりん」に参入する事例があった程度である。

 一方の不採算路線からの撤退に関しては、「許可制」が「届出制」に緩和されたため、事業者の一存で路線の休廃止が出来るようになってしまった。そうなると困るのが、過疎地や離島を結ぶ不採算路線である。それ以前から、離島航路などを運航する旅客船事業者の多くは船を建造する力を失っていた。また路線バス事業者は、排ガス規制の適合車や低床式車両の新規導入が出来ないだけでなく、路線のみならず会社自身の存続の危機に瀕していた。

 欧米などの先進諸国では、地域公共交通は「公」が支えることが一般化している。日本だけが、全てを民間に任せ切りにしている。小嶋社長は、今まで2つの旅客船事業者、1つの鉄道事業者、2つのバス事業者、5つのタクシー事業者と5つの物流事業者を再建した実績がある。それゆえ規制緩和の功罪を、肌身で体験してきていると言える。

 小嶋社長は、「公共交通・運輸業の現場に立脚した政策や、コンサルティング、学術論が極めて少ない業界である」と設立の趣意書で述べられている。また「地域公共交通の問題解決には、経営を熟知した上で、公共交通の根本問題や技術的な実務と行政や市民などの地域との関わりから、一件、一件毎の対処法が異なるため、実際に再生をしていかなければ分からない」とも、おっしゃっておられる。

 従来の日本は、「交通」の中でも「公共交通」をあまりにも蔑ろにし過ぎていた。欧米と異なり、日本は人口密度が高かったこともあり、独立採算制が通用したのである。そのため交通事業を未だに、「営利事業」と考えている自治体が多く、「交通」と言えば道路建設と駐車場整備と考えられているように、筆者は感じている。

 過疎地などの公共交通は、「福祉事業」と位置付けるべきであり、「採算性」という基準だけでなく、「便益」という基準も加味して考えなければならない。明知鉄道が実施する食堂列車のように、「明知鉄道が存在することで地域の農産物の出荷量が増えるだけでなく、観光客数も増え、沿線自治体に対する経済波及効果は幾らであるか」という評価も合わせて行わなければならない。この場合、便益では「正」になっている。地域公共交通の活性化には、「公」「民」「共」の連携が不可欠である。「共」は、車両や駅舎の清掃などのボランティアは勿論、コンサルティング的な業務を担えると、尚良いだろう。
 公共交通の維持は、本来ならば地方自治体や県などが中心になって進めなければならない仕事である。そのため筆者は、「市政研究所」などの創設の必要性を訴えてきた。都市問題(集落の問題)は、主に交通問題、公衆衛生問題、文化問題である。公衆衛生問題は、ゴミ処理だけでなく、今後は老人福祉などが重要な課題となろう。文化問題は、景観保全や名所・旧跡の保全だけでなく、若い芸術家の育成と発掘などである。
 上に挙げた領域に従事するには、高度な専門知識が必要となるため、大学院修了者を高度専門職として採用(中途採用も行う)しなければならない。

 小嶋社長は設立の趣意書の中で、「元気なまちづくりの一環として、それを支える地域の公共交通を救う一助となることを目的に、地域公共交通総合研究所を設立された」としている。本来ならば、行政が積極的に関わらなければならない問題に対し、民間企業が取り組みを始めたのである。これは高く評価されなければならない。今後は、小嶋社長の考えに賛同して、各自治体がこのような研究所の創設が進むことを期待したい。